江戸の自由(2011.10.12)
江戸時代の江戸は世界の中でもトップクラスの豊かで自由な文化が根付いていたと思います。
町の治安の良く、それらは全部町民の自治で行われていました。
奉行所の役人も数百人しかおらず、殆どは町の有力者の大店の家主や地主などの町の町内会的な組織で、犯罪の防止・清掃・土木工事などを行って、役人の出番が無い状況を作っていたようです。
今のように子供を親が殺したり、子供が親を捨てたり・・・・・こんなことは殆ど無かったようです。

税金は大店の店や表通りの商店が払い、一般庶民には必要が無く、今より豊かに過ごせていたのかもしれません。
花見や祭り、盆暮れの行事や小旅行など結構生活を楽しんでいたようです。
これらは、浮世絵などにも残っています。

子供は寺子屋で読み書きそろばん、道徳などを習っています。
一般庶民の教育水準は世界一だったと思います。

一度、江戸時代に戻って体験してみたいものです。



会社のあり方(2011.9.2)
会社はみんなが気持ちよく前を向いて明るく仕事が出来るのが一番だと思います。
それには、本音で物が言える環境や雰囲気が必要です。
人間の行動は本音の部分に左右される訳で、それには建前でない本音で意見が言える組織であることが大切になります。

当社は人柄の良い社員で構成され、肩書きや年齢で仕事を行わず、仕事の本質と現場の意見を重視しています。
これは、私のざっくばらんな態度と、明るく裏表が出来ない性格が、会社の雰囲気つくりに役に立っていると思います。
私の方針は会社に縛られる社員でなく、会社を自分の夢や希望を実現するために利用して欲しいと思っています。
自分で会社を興したい社員や、自分の技術で商品やシステムを実現したい社員がいれば大歓迎です。
これからも、社員と会社の目的がい一緒になる経営を続けてゆくつもりです。
世間が暗いので、会社だけでも明るく・・・・・・

先週は社員と家族で屋形船で楽しんできました。
次は何をやりますか、遊びに仕事に、前向きに取り組んで行きます。



世界の常識か離れた日本(2011.1.24)
日本は世界からみると、大変変わった国です。 一言で言うと日本の常識は海外では非常識になるのです。

まず、日本では自己主張(意見)はNGで人との協調が一番。 相手の事を気遣い思いやることが人間性の品格とされています。
ところが、海外では自己主張(意見)が出来ない人は意見がないとされ、一人前にに扱われません。

実業の世界では自社の製品に不都合があれば交換でOKとされます。 中国や韓国、台湾のコンピュータの世界では全てこの方式です。
つまり、製品は一定の割合(例0.01%~1.00%等)で故障がでますが、原因を追究するより交換のほうが簡単で費用が掛かりません。
しかし、日本ではたとえ10年に一回の故障や1万台の一台でも、その原因が全体に関係するものなら重大な欠陥と考え、原因を納得するまで追及します。

これら全ては海外では通用しません。 主張が無いのは自己が無いとされ、無駄な追求は合理的でないとされます。 究極は人間が作ったものは故障は0%にはならないとされています。
しかし、日本の製品の質を追求する姿勢は匠の姿勢と同次元であり、これがメードインジャパンのを評価作り上げてきたのです。

わたしは、日本の良さをもっと積極的に海外に発信し説明をする事が、これからの国際社会では必要だとおもいます。
すでに日本の考えや習慣がすぐれているのは、多岐(製品、教育、農業、文化)に渡って証明されています。
結論としては海外に合わせるのでなく、日本を主張するべきだと思います。 そうしてこそ、海外で尊敬されるのでしょう。
勿論、海外の慣習や考えを理解する事は必要でしょう。 そうしないと、相手に訴える説明は出来ない訳ですから。

皆さん自信を持って、海外に発信しましょう。



伊勢神宮(2010.11.18)
最近伊勢神宮と鳥羽に旅行しました。伊勢神宮は日本の氏神様(皇室)で、全てが日本の伝統を凝縮しています。
20年に一回の遷宮が確か平成25年にあり、着々準備が進んでいます、宇治橋は新規に架けられました。
また、本殿の木材も日本各地から集まっています。
神殿や神官や儀式の使う各用具や装飾品など全て新しく作られます。
総費用は600億円弱かかるそうです。
20年周期の遷宮はこれらを作る技術や職人が未来永劫に継続する為の周期なのでしょう。
日本には100年以上の前の技術や人材が継承されています。

私は、会社の繁栄と家族の安泰を祈願して、神楽の祈祷の儀式を受けました。
神官が4名、雅楽奏者が4名、巫女が6名で荘厳な儀式で大変感激しました。
普段参拝している、東京の有名な神社のものとは比べようがありません。
さすが本家本元です。
費用もびっくりするぐらいの良心的なものでした。
また、神社の横のおかげ横丁は大変楽しく、B級グルメや伊勢うどん、地元のてこね寿しなど美味しく、楽しい場所でした。
日本は神(太陽)の国、心身を新たにして、不況に負けず、新規の着想でビジネスに取り組みます。



気持良く(2010.4.30)
人間は生きていると地域社会、会社、家族と色々な付き合いが生まれます。そのなかで気持ち良く過ごせる時間(付き合い)は、少なくなっているのでは。
しかしながら、楽しく過ごした時が有るのも事実です、人によっては違いますが、中学生や高校頃は毎日が楽しくって仕方が無い頃もありました。
ところが、社会にでて年を取ってくると、仕事の苦労、家族の生活、社会との軋轢など、色々な要素で自分思惑や希望と異なることが起き続け、気が重く気分が晴れない事が多くなります。
それらの、原因が自分の努力や責任で解決できるなら良いのですが、どう頑張っても解決できないことが多くなります、この時に本当の苦しみを持つのです。
しかし、見方を変えると(第三者の立場で考えると)いきなり、何で苦しんでいたのか・・・・・なーんだ、駄目なら駄目で仕方ない!!と諦めたり、違う方法で解決を考えたりします。
つまり、自分の考えや気持ちで、苦しみが軽減・解消されることが多くあります。

例えば、病気に罹り治らない事が分かっても、生まれて良かった事を感謝し、残された機能や命を大切に思うようになると、今、生きていることに感謝をするようになるそうです。
毎日が、有難く楽しいと感じるのは、環境(恵まれた衣装住や財産、地位、幸運など)でなく自分が今の境遇をどのように感じるかで気持ちが変わってきます。
今、生きている事に有難さを感じ、人に親切が出来る事に感謝する心があれば、いつもニコニコ幸せに、気持ち良くなれるのでは。
足りること(現状の境遇で満足する)を知り、人に親切や人につくす事ができる人は、このように、幸せを感じ取れるのではないでしょうか。
町で、落ちたゴミを拾い、電車で席を譲り、笑顔で挨拶をすると・・・・・どうでしょう、気分が良いのです。
こんな、小さなことから始めて、困った人に自分で出来ることで助ける事ができたら・・・・・有難い。
どうも、宮澤賢治になったみたい。

きょうも、感謝を忘れずに、怒らず、元気に、人に喜んで貰うよう、飄々とやろう・・・・・



紳士と江戸っ子(2010.1.25)
何代も東京の下町に住んでいて、江戸っ子と言っては、異常に偉(えら)ぶって人に横柄にしている輩がいますが、とんでもないことです。
本当の江戸っ子は何年も東京に住んでいても、人には親切にし、弱い者には優しく、気が利いて、他の人には嫌な思いをさせない人が本物です。
昔(昭和30年代)にはこんな人が下町には、沢山いました。
何時頃(多分、終戦後の1960年ごろ)からか、ただ単に永く下町に住んでいる者で、柄が悪く、偉(えら)ばって、人様に迷惑をかけても気づかない者が居ますが、とても恥ずかしいことです。
テレビ・ラジオ・小説などで下町の文化や人間を過剰に評価をしたので、何か急に下町江戸っ子が自慢になり他の人を区別するようになってきたのでしょう。
昔は下町に住んでいるのが恥ずかしい感じで、住んでいる場所聞かれるのが嫌でした。やはり東京は山の手でなければいけないと思っていました。
やはり、江戸っ子で一番自慢できるのは、世間を知っていて人様に嫌な思いをさせない、気遣いが出来る人のことでしょう。 これが出来ない人を、野暮とかい田舎者といって本当の江戸っ子には馬鹿にされるのです。
何代、東京の下町に住んでいても、野暮な奴や田舎者は沢山います、むしろその方が多いかも。
田舎者とは世間知らずで、自分中心で他人の存在や思いやりが出来ない者どもの事です。
学問や知識とは関係なく、教養(人に気配りができる)のある人が紳士であり江戸っ子で本物の人物でしょう。

私のお客様で江戸時代から、家業の酒屋を引き継いでいる社長がいますが、どんなシーン(状況)どんな人にも、気分を悪くする様なことはしないし、またどんな人にも芯から滲み出た気遣い(優しさ)ができるひとです。
納入の業者が間違いをしても、洒落た言葉で、傷をつけないように気づかせ、間違いの訂正をさせる人です。例えば、包装に傷があったら、“これじゃあ綺麗なお姉ちゃんに嫌われるよ、男前の化粧で頼むよ。”と言った調子です。
まさに粋(いき)と粋(すい)を地でいっています、この人から江戸っ子であることの自慢を聞いたことがありません。

江戸っ子は自分で自慢するのでなく、人様から言われるものでしょう。
江戸っ子は、“あの人は気分の良い人ですね”と言われたら本物でしょう。
紳士も江戸っ子も人に接する態度、姿勢、考えが大切なのでしょう。
下町は所詮、村社会であることに気づくべきでしょう。
(田舎も下町もまったく近所づきあいは同じ、少し違うのは、他所から来た人の受け入れを素直に出来るかがあるかも知れません。・・・・・これも、他人の思いやりがあれば紳士です。)
江戸っ子の紳士であることに気を付けよう・・・・



本当にいた寅さん(2009.5.12)
私の生まれは江戸時代からの流れを汲む蒲鉾屋です。
明治生まれの親父は下町の箕輪(三ノ輪)に戦前から店を持ち、製造と販売をしていました。
家には住み込み職人がいました。それとは別に通いの職人が時々手伝いに来ていました。
その通いの職人で”アサオ”さんと言う人がいました。この人は映画の”寅さん”と行動や話が瓜二つの人でした。
気分が向くと夜店の香具師になって祭りの屋台の商売をしていました。
浅草のお酉さまでは八頭の芋を売り、他の縁日ではニッキの飴等を色々やっていました。
祭りや縁日の無い時は、上野公園でおでん屋台等をやっていました。
時々にふらっと家に来て家業を手伝い、夜は私の親父と”寅さん”よろしく下町の江戸弁で洒落のきいた(落語の)八ちゃんよろしく、旨そうにコップ酒を飲みながら話をしていました。
私もこの話が面白く、一緒に聞いていました。
ある時は、吉原の馴染みの女の話や、昔の渡世人の喧嘩の話など、まるで講談の世界のようでした。
生まれは向島でバリバリの江戸っ子でした、本当の酒好きでコップ酒の溢れた酒の滴を、大事に舐めるように飲んでいました。
このシーンを鮮明に覚えています。
小学生の私を”かず坊”と呼んで可愛がってくれました。
自分はヤクザが嫌いと言っていましたが、やけに詳しく、私も時々アサオさんの紹介の稲荷町の香具師の親分の家に、おでん種を配達して小遣いを貰ったのを覚えています。
縁日でアサオさんの屋台の前を友達と通ると、大きな声で「かず坊、彼女が出来たか!!」と大勢の中で言われるには閉口しました。 当時まだ小学6年でしたから。

昔(50年以上)には、下町には落語に出てくる人物が実際にいました。 物知りの大家さん風の”隠居”、鳶の頭、長屋のおしゃべりばあさん、金持ちの道楽息子、大工の八ちゃん、熊さん・・・・・色々いました。
でも、皆明るく、人を困られせたり、いじめたり、暴力を振るうような人は居ませんでした。
これは近所は皆が知合いで、どんな生活をしているか、お互いよく知っていたので、見栄や外聞を気にしないで済んが良かったのでは。 自然と自分を素直に出して、近所付合いが出来たから、気分よく生活ができたと思います。
今も、人の本性は変わらないので、自分を素直に出して、人との付き合いが出来れば、昔のような、社会が実現できるのでは。
まずは、第一歩、会社から進めています。 皆が”本音で話が出来て、仕事が出来るように、住み心地の良い会社である事”これが売りです。
世間の皆さん宜しくね・・・・・・・



江戸の話(2009.4.17)
現在よりも、江戸時代のほうが優れていた面がたくさんあります。
特に当時世界最大の都市であった江戸の町は特筆すべきもでしょう。

町内ごとに形成された自治組織は完成の高いものでした。 例えば殺人事件などはほとんど無く、江戸を取り締まる奉行所の役人も南と北奉行所で200-300名だったと聞いています。 これで全ての社会基盤を管理するのは不可能でしょう。 つまり実質的には、今で言う町会の自主運営で安心社会が守られていたのでしょう。
子供はほとんどが寺子屋で読み書きを習い、文盲は非常に少なく、世界有数の知識社会であったようです。

八さん熊さんも宵越しのお金を持たないで生活出来たのも、手に職を持っていれば仕事に困ることなく、すぐにお金が手に入ったのでしょう。
例えば、大工は大火の後では八さんレベルで今の価値で100万円以上の収入があり、また生活費は米以外は驚くべき安さで、生活できたのでしょう。
社会のインフラは商家や家主の旦那達が負担していたそうで、ガス代(薪炭)や水道代(井戸)も工夫次第で節約できたようすです。

弱いものを助ける社会。 年をとった人や病気の人は、親戚や近所の人たちがみんなで面倒をみていて、現代の社会保険の肩代わりが自然な形で行われてようです。
ものは効率的に使われていて、新品から本当のごみになるまで、使い切っていました。
着物は新品は裕福な家庭の人のみが購入し、一般庶民は中古の着物が流通し、最後のほうは赤ちゃんのおしめになり、一番最後は雑巾として使ったようです。
鍋のそこに穴があけば鋲で叩いて塞ぎ、皿や茶碗が割れたら金つぎや接着で直して使っていました。
殆ど捨てることはなかったようです、この習慣は昭和20年ごろまで残っていました。
高度成長、経済発展でものを大切にする習慣が廃れてきたのは、さびしいことです。。。
地球温暖化で改めてものの大切さが見直されてきています。

私たちも、安心安全、循環社会の江戸に見習おうではありませんか。



○”幸せ”(2009.3.13)
よく、結婚式で新婦が私は”幸せになります”という言葉を聞きます。 なにか、おかしいですね。
本当の”幸せ”は、人によって与えられるものでしょうか。
まして何もせずに、ただ待っていて”幸せ”はくるものではないでしょう、自らの努力をして初めて、与えれるもので、それは人(夫)に対して”幸せ”を与えて、初めて得られるものでしょう。
夫を幸せにする行いが出来る事、そのものが”幸せ”なんでしょう。

幸せとはなんでしょう、”幸せ感”はふつう”何気ない、何の変化もない状態”のことが、実は本当の”幸せ”なのではないでしょうか。
例えば、病気の人から見るとは、普通に歩いて、普通に食事が取れることが羨ましく、”幸せ”に見えるのです。
元気な人は”元気”があたりまえで、元気でいる有り難さが判らず、金持ちはより多くの金に、食事に困らない人はより美味しい食事に、きれいな着物をきている人はもっと良いものを着るのが、幸せだと、感じるのでしょう。
しかし、これらは手に入れたときに感じることで、時がたてばもっと、上のものが欲しくなってくるのです。
つまり、いつになっても幸せにはなれないのでしょう。

これに、対して”考え方、見方”による幸福感は時間が経過しても、益々、本当の幸せを感じるのではないでしょうか。
毎日健康で食事ができ、争いがなく、寝場所があればそれだけで幸せを感じるのです。
仏教でも平凡な生活が”幸せ”の原点との認識でしょう。
本当の幸せは、自分の心にある、”青い鳥”です、今がもっとも”幸せ”なのかもしれません。
毎日感じることのできる”幸せ”は、人の”幸せ”の手助けをすることで感じるのでは無いでしょうか。
本当の宗教家やボランティア、篤志家は他人の人が喜んでもらえるのが、”幸せ”なので、”手助けをさせてもらう事”自身に感謝をしているのではないでしょうか。
わたしも、会社の経営をさせてもらって、社員の人たちに少しでも、役に立てることがあったら、本当にありがたいと思っています。

残念ながら、最近は経済情勢も厳しくって苦戦をしています。
いまは、社員のため、ユーザーに役立たたつようにできれば、自分の幸福感が得られるので、お天道様に恥じないように、頑張って行こうと自覚しています。
皆さん、少しでも他人に”善いこと”をすると気持ちがいいですよ。
”一日一善”をしましょうよ、そう日本全国で皆がやったら、本当に日本は”幸せ”な国になるでしょう。
まずは、迷惑をかけないことから始めませんか。



○田舎者、教養、紳士(2008.10.16)
一般に教養人、紳士であるという言うことは、何かと言うと、常に他人の人を考えて行動する人のことをさすのでは、ないかと思います。
例えば、道路でぶつかりそうなときはよけて相手に路を譲り、他人が困っているときには手を差し伸べ、御老人や女性や子供には自分を犠牲にしてもかばい助ける。さらに、相手を傷つけるような言葉は使わないし、自分が一歩下がって相手の立場を尊重します。
逆に、自分だけしか見えないで、他人を考えない人を江戸では田舎者として軽蔑していました。
江戸っ子は言葉はチョット荒いが、まさに、紳士であり教養人であったといえるでしょう、但し学問はいけませんでした。それでも、小さい時から寺子屋で読み書きそろばんは殆どの子供が覚えていました。
これは、当時世界一の教育国家であったと思います。
例えば、和算は現代数学の最新レベルであったし、伊能忠敬の地図も世界最高レベルの地図であったと聞きます。日本建築の秀逸した、デザインや細工は革新性と精緻性では群を抜いて世界一でした。
この基礎があったから、明治の文明開化も短時間で欧米文化を吸収しました。
いまも、世界の製造業は日本が支えているのです。例えば、TVやパソコンに使われる液晶ディスプレイの重要素材の液晶剤、画面のフォトフィルムなどは日本のメーカーが独占状態で供給しています。
自動車に使われる精密ベアリング、ジャンボ飛行機の軽量な主翼、今や原子力発電プラントも日本が最優秀で、高速鉄道の新幹線も乗り心地・安全性では抜群です。

日本の製造業はダントツで世界一優秀な製品を供給しています。
教養をもって世界に貢献しましょう。
これからも、勤勉な心と思いやりの日本人として、努力をすれば、石油や食料難にも見事克服できると思います。
日本万歳!! 頑張ろう!!



○江戸の効率文化(2008.04.21)
江戸時代は日本の文化が凝縮し進歩した時代でした、特に物を循環して使ったエコ社会を見事に実現していました。
例えば、畑の野菜を収穫し江戸の町で売り、人が食して後の糞尿は回収して農家や業者が買い、それを又肥料として農家が畑に使った。 下町の長屋では年に何度か長屋の共同厠の糞尿を売ったのが、大家の大きな収入源の一つだったそうです。 これで、長屋の八つあんや熊さんに正月の餅代を出したそうです。
木綿の着物は始めは、新品を金持ちが着て、古着屋が買いそれを庶民が買っていた、これが古くなると座布団や赤ん坊のおしめとして使い、さらには雑巾として利用した。最後はかまどで木と共に燃やして、その灰は、かまどの灰を専門に集めて買う業者がいて、あく抜き用や、農家の土地の中和剤として売っていたそうです。
食料は殆ど残版や食べ残しは出さないで、全部食べたそうです。もちろん、大根の葉っぱや芋の蔓、魚の頭等も食べていました。 兎に角ゴミは殆どでないで無駄がなかったようです。

これに比べ、現代は家庭では買った食料の約40%はゴミとして、廃棄され。木材も燃料や建築に利用される事なく産廃として捨てられ、家具やベッドも再利用することなく捨てられています。今度は、捨てる場所がないとして社会問題になっています。 本当に馬鹿げた話です。

江戸時代に帰って、ある程度のコストをかけても、ゴミの出ない社会にする事を、真剣に考えないといけなくなってきました。 皆が本当に真剣にならないといけません。
江戸はよかった******江戸時代万歳ですね!!



○社会の一人(2007.12.16)
人間、普段は格別に意識しないでいるけれども、ときどき有難いと思うことがあります。
たとえば、病気の時の健康、孤独になったときの家族、梅雨の晴れ間(日)等に感じる事があるでしょう。 社会的な動物である人間は、基本的に他の人との良好な関係の中に居ることに、心地よさと安心を感じます。 これは会社や学校においても、同じでしょう。
このような、良好な状況に身をおく為には、ただ待っていても駄目で、自ら環境を作る気持が大切でしょう。 何事でも、自分が相手とって気持ちよくしてもらえることは、実は自分にとっても、一番気持ちが良いことである筈です。 このような事に気づいたり、感じたりしたした経験を持っている人はいるでしょう。
やはり、世の中で一番尊いと感じることや、生きがいを感じるのは、自分以外の人に、何かの奉仕をしたり、手助けをすることでしょう。 これらの行為は、実は自分に結果が帰ってくることであり、自分のためになっていることなんでしょう。
西郷隆盛も自分を一番大切にするのはいけないことだ言っています。世の中の紛争や争いは自分だけを考えるからでしょう。
例えば、本当(心からの)のボランテアをやっている人達の言葉に”手伝いをさせて頂いて、有難いと思います”との言葉で表れてれています。 老人介護の奉仕者や、身体障害者、高齢者の手助けをしている人に”手助けをさせていただいて感謝しています”と言って、もくもくと活動をしている人が居ます。 これは本来人間が持っている、正常な感情ではないでしょうか。

最近、自分だけのことしか考えない人が増えたのは困ったことです。
江戸時代はもっと、みんなが助け合い、向こう三軒両隣り、大家も借人も支えあったようです。 物の豊かさとともに、文化や人の貧困が増えてきたのは、やむ止ないことなのでしょうか。
否、人間の叡智と努力で、よりよい人間社会を一人一人が作ろうではありませんか、隣の人を見つめて、感謝や想う心から始めましょう。
小生は、まずは会社の中で実現するように不断の努力を、明るく楽しく続けようと思っています。
まだまだ、未熟ですが・・・・・・・ みんなに、感謝、感謝です。
年末に想うこと。



○若者よ頑張ろう(2007.07.05)
最近、特に感じる事が多くなった、現象にの一つに、若い人達の”生き生き”とした元気さがあります。 日常の小さなお笑い、食い物、遊びに終止して、若者らしい”元気”が無くなっています。 特に、社会に出た人たちには将来の目標や夢が無くなっている。 これは、小生だけが感じている訳ではないようです。
この、理由は彼らの育った、環境に大きな原因があります。 つまり、生まれた時から食べ物や着る物、住む所に困ったことがなく、いつでも母親が面倒を見てくれ、生きることで困った経験が無く、恵まれた環境で育ってきた人が多いのでは。 これでは、うまい物を食うために成功してやろうとか、親に大きな家に住まわしてやろうとか、ハングリーさからくる成功目標が出ないのも当然です。
ましてや、ひとのため、世のために尽くす人間になろうとなどは、微塵にも感じないのも頷けます。
是非、自分のだけに生きるのでなく、人の幸せに寄与する目標をもって、良い人生を、”生き生き”と生きたいものです。
若者よ、大きな野望や夢をもって頑張ろう、馬鹿者に惑わされず、真実を見据えて、目標を持とう。 夢が実現したときには、是非、世に中に尽くして人間を磨いて、欲しいものです。

己の、欲望や、自分だけの満足(自己満足)に(つまらない)幸せを見出すような、つまらない人間になって欲しくはないものです。

最近の”ほりえもん”、村上ファンドの”村上”、コムスンの”折口”、ミートホープの”田中”など言語道断ですな・・・・
本当の幸せは”志”ある目標をもって、自分以外の人たちに喜んでもらうことでしょう。
ここに、本当の心の安らぎとと幸せがうまれると思います。・・・・・・・・このような事は、お天道様や神や仏が願っていることでしょう。
わたしも、社員のため、家族のため、社会の為になる人間として、大きな夢を持って進んでいます。
まじめに仕事して、生きていると目標の達成には、にはなかなか大変ですが一歩一歩進んでいます。
みんな、明るく楽しく、頑張ろう・・・・・だって、世の中のためになるんだからね。

夢の話はまたの機会に、お話します。



○江戸っ子の話(2007.03.08)
江戸っ子にはどうも2種類の人間がいるみたい。 ひとつは落語によく出てくる八つぁん、熊さんの職人に代表される庶民の世界の人。 もうひとつは、旦那に代表される大店、家主など江戸をとりひきる階層の人たちでしょう。
最近、江戸しぐさなどと表現されるのは旦那に代表される、階級の日常の動作でしょう。
江戸は地方からの人たちや、各種の職業の人たちの種々雑多な人間の集まりでした。 色々な地方の人や、職業の異なる人が暮らすのに自然に気遣いの精神ができてきたみたい。 皆が仲良く、気持ちよく暮らすため、思いやりの習慣が自然に出来たのではと思います。 道を譲ったり、ぶつからないように斜めに歩いたり、助け合いの精神・・・・色々です。
病人に面倒を皆で見たり、食べ物のお裾分けをしたりしていました。 下町には今もこのような習慣があります。

社会も自治組織が出来ていて、犯罪もほとんどなく安全な町だったようです。
火事は町火消し、犯罪は自身番、祭りは旦那衆の寄付・・・・などお上の世話にならず、町民の自治が確立した、女が強いいい時代だったみたい。
いまの日本に必要な人間社会かもしれません。

思いやりと、相互扶助の精神があれば、犯罪もなく楽しい生活ができたのに・・・・
今からでも遅くはないので、自分だけでも心がけています。



○人生を楽しく(2006.10.02)
生きていて、良かった、面白かった・・・・と思うのは、単に自分だけが楽しんだりするだけでは、駄目で本当に感動して、良かったと・・・しみじみ感じるとはほど遠いのでは。
やはり、一番に思うのは自分以外の、家族や他人のために"何か"(心が通じたとき)が出来たことでしょう。・・・・この方が、何倍も嬉しくなり、楽しい気分になりますよね。
実際、世の中は身体の不自由な人を支援しているボランティアの人や、高齢者の介護をしている人が相手との気持ちが通じ合えたときに、本当に良かったと感じるのでしょう。
当社では技術や営業面で若手の指導支援で感謝や効果があったとき・・・・とても嬉しくなります。

楽しく、生き生きと生きるのは、肩の力を抜いて、生かされている自分をみつめ、他の人や自然に感謝して、少しでもお返しが出来ればと考えると・・・・何んににでも、感謝が出来るようになるのかもしれません。
このように考える人が、いっぱいになったらこの世は極楽になるのでしょう。・・・・・・ちょうど、宮沢賢治の"雨にも負けず"の心境かな。
現状に満足せず、世のため人のためになるような仕事をして、家庭や地域のために、感謝を忘れず、生きるのが・・・・秘訣かも。

少し、宗教じみましたが、人間は"環境や境遇"が同じでも、"不幸な人"と"幸せな人"が居ます、これは本人がどう思うか、の考え方で違ってくるのでは・・・・・・
活力のある人は、人のために頑張り、活力が出ない人は、人に感謝して・・・・生活すると・・・・
"本当の幸せ"になるのでは。

今日も、元気で仕事ができること、困った社員に手助けが出来ること・・・・に感謝!感謝!です。
怠けず、挫けず、威張らず・・・・・・感謝!感謝!



○相手の身になって(2006.07.18)
よく耳にする話ですが、"あいつはおかしい"とか"話の判らない奴"とか、"あの会社はおかしい"とか言った話をよく聞きます。
でも、ちょっと待ってみてください、本当にそうなのでしょうか・・・・? 自分の考えは正しいのでしょうか・・・・・?
よく考えると、私たちは相手の立場、性格、環境を理解や想像もしないで一方的に自分の考えだけで判断していませんか。
そこで、相手の言っていることや主張、説明を色々と考え理解してみる努力をすると、相手の話が、よーく判ることに気づくはずです。 勿論不条理なことや容認出来ないこともありますが、相当な割合(70-80%)で納得が行きます。 相手の事情がわかると"言っている事や内容"もわかり、以前より腹をたてたり、怒ったりしないで済むことがあります。
お互い人間、本当はいい奴が多いのです、今度は自分の事情や背景、環境を相手に伝えると、もっとスムーズにコミュニケーションがとれ、毎日がもっと楽しくなるのでは。
そういえば電車に乗っても、食事をしても、相手のことを考えてやると、気分が楽になりますよ。
最近、私も仕事で嫌な思いをしました、後で相手の立場や背景を考えたらよく理解ができました、相手も必死なのです。 こちらも命がけで仕事をしているのですが、これが今一伝わらなかった。 次回はもっと努力をしようかと思いました。
皆さん、相手の立場で物事を考えると色々判り、人間が大きくなり、対応の仕方もわかるのでは。
考えて見ましょう貴方の奥さん、恋人、部下、上司、得意先、依頼先・・・・の立場や環境、状況を、もっと関係がよくなりますよ。



○楽しい仕事(2006.03.01)
よく飲み屋で耳にするサラリーマンの話ですが、たいていは上司や会社の不満をぶつけています。 仕事がうまくいかないのは、自分が原因でなく、他人の無理解や環境(会社・顧客等)のせいで、自分は見識もあり、努力もしている・・・・といった例がほとんどである。 本当にそうなのだろうか。 つまり、毎日仕事に真剣に取り組んで、仕事自体を工夫をし改善をしているのか考えてみると、目標を持たず、仕事をしに会社に行くのでなく、会社に行くこと自身が仕事になっていないだろうか。 大いに考えるべきでしょう。
これらと違い、職人や自営の人たちは、仕事が楽しく、周りの人たちに恵まれていて、仕事をさせてもらう事自身を感謝している、という人たちが多い。 小生の父親も ”かまぼこ” の職人であった。 仕事ができることを喜び、いつもどのようにしたら、おいしく出来るかとか、新しい商品を考えていました。
つまり、仕事がつまらない、不満がある・・・等は自分の心がけと、生きがいを見つけ出せず、嫌々仕事をしているからではないだろうか。 どんな仕事でも人との接点があり、工夫や努力で良いものが出来たり、効率が上がるのではないでしょうか。 こうなると、人の反応や、仕事を考えると楽しくなって,次から次へと、仕事のアイデアが湧いてくるのではないでしょうか。
当社でも、何時も生き生きと働いている社員はこのような傾向をもっていると思う。 つまり仕事は会社のものでなく、自分自身の仕事になっているのでは。
小生も、30代のときは会社に行くのが楽しくって、仕事が面白くって仕方がなかった。 最近は一寸マンネリ気味で大いに猛省しています・・・・また暴れてみますか・・・・



○人間の品格と人の良さ(2006.02.22)
物には品質があり、よく出来たものには価値があり、価格も高くなるのがあたりまえになっている。 人間も、A級の人間とC級の人間があると思う。 つまり、この価値は何処からくるのかと言うと、自分の都合や利益だけを優先して考え行動をする人と、他人のことを自分と同じように考えられる人との違いではないでしょうか。
話にしても、相手の立場、性格、考え方を踏まえて話す人と、自分の考えだけを話す人がいます。 これは、コニュニケーションにならず、人間関係が構築できないですね。 まして、他人の迷惑など一切考えない行動をとる人が、よく電車や町でみかけます。 こんな人間は人間のレベルや品質が劣る人で、動物にも負けています。
逆に、他人の為になる行動をしても、自分の事のように思っている人がいます。 本物のボランテアの人にこのタイプが少しいますね。 頭が下がります。 日常、少しでも人の役に立つことをしようと思っています、気分がいいですよ・・・
皆さん、最近のニュースの悪い事件にめげず・・・自分のために、人の役に立つことをしましょう。
まずは、仕事からかな・・・・・・



○江戸っ子の話(2005.09.22)
私も遠くは、江戸氏(昔の氏族)にゆかりのある血ではあるが、元々、江戸っ子は職人の文化で金を持たない、やせ我慢の文化といえる。一方、旦那衆に象徴される江戸っ子の庇護者としての文化もあった。旦那衆は、寄合の講をつくり、町の決めごとを取り仕切り、江戸の仕草を守ってきた。明治になって、ほとんどの旦那は千葉や埼玉に逃げてしまったが、残念な事である。いつも江戸っ子は、やせ我慢をしてもカッコを重んじていた。それが、江戸っ子の格…とでも言えそうだ。
江戸っ子気質が薄くなったとはいえ、下谷、入谷、三ノ輪、向島などに、いまだに職人気質の人が多く暮らしている。浅草が江戸の代表のように言われているが、最近、本当の江戸っ子が少なくなって、困ったもんだ。やせ我慢をしても「いつも他人を優先して、お先にどうぞ」という人が増えることを期待する。