コンピュータ・ハイテック株式会社は、提案型のITシステムメーカーです。HITOシステムの概念に基づき、自ら考え、自ら開発し、自ら販売します。

人に役に立つソフトこそが、真に効果的で効率を高めるシステムであることを多くの開発事例から発見しています。そして、開発の基本を「HITO」にしました。

会長ブログ

技術の挑戦

日頃、コンピュータシステムの開発に接している会社(当社)は絶えず最新の技術動向を注視して準備を行っています。 最新技術をビジネスとして始めるにはあまり早くてもいけない、また遅くても尚、いけない。 この加減が難しいところです。 最近、挑戦を心掛けているのはAIですが、これがビジネスで使うのが大変難しい。 ビッグデータでテキストデータを取り扱う場合、一点のデータのみに集中しては従来のデータ処理になります。 種類の違う複数のデータで、次元の違うものや類似データ等をTPO〔Time(時間)、Place(場所)、Occasion(場合)]で分析と推論を重ねてからAI処理が必要になります。 つまり、コンピュータの技術だけの世界とは違っていて、データの種類や特長に精通する必要があり、悩ましいところです。 しかし、始めなくてはならない、身近な課題からスタートをすべく準備しています。 当面は機械学習から始めてみたい。。。人間、死ぬまで勉強ですね。 まだまだ、がんばるぞ。

江戸の文化

江戸は中期以降は世界でも一番の大きな人口を抱えていました。(100万人) 70万人位が町人で庶民中心の町、地方から来ている人間が多く職人や作業員、武士も単身赴任がほとんどでした。 当然、男ばかりで独身が多いようで男社会でした。 職人の男は料理はしないで、独身者で手軽に食えるそば、寿司、天ふら、丼物に人気があったみたいです。・・・今も、江戸の名物。 風呂も好きで一般の町民も時々に銭湯にいってました。・・・毎日の職人もいたようです。 昭和30年代から自宅に風呂が出来始め町内に幾つもあった銭湯はなくなり、今では残った銭湯は娯楽で使うようになりました。 下層の庶民は結構、普段は裸足が多く、江戸中期以降に草履を使っていました。 また農民は裸足が多かったようです。 藁草履は中古を修理して再販していたそうです。 今はぜいたくで、全員が靴ですね。 勿論、稼ぎある大工や職人、商売の人は麻裏の履物でした。 着物は原則、古着がほとんどで新品は一張羅で祝い事や正月におろしたようでした。 これは昭和の頃まで下町はそうでした。 ごみはほとんどなく、紙、着物は使い切るまで何度も利用してました。 少ないごみはまとめて回収され、何ゴミ、金物、陶器など分類して業者に売っていたそうです。 本当にエコ社会でした。 結構、今でも続いた文化が食べ物を始めとして、江戸より残ってますね。

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